障子紙

ブル2

ブル2

腰掛けたパイプ椅子が、座る彼女の意見を代弁するようにキイキイ鳴いている。手には真っ赤な液体が入った『A』と書かれたパック。それをストローでチュウチュウ音をたてて吸いながら呟く。

「……新入生、来ないな。サオリやって、もう二週間になるのに」

「新入生ならロザリア君がいるじゃないか?」

 問いかけに対する返答は諦観に満ちたもの。続いて『チェックメイト』パチリ、と音がなり、彼は扇子で自分の顔を扇ぎ始める。

「ああ、おいしくない……人間の新入生、来ないな、という意味で言ったんです」

「そりゃあ、簡単には来ないだろうさ。ここがどんなサークルかは君が一番よく知っているだろう、マナ・ラングレー部長?」

 マナ、と呼ばれた部長殿は不満げに頬を膨らませ、長机に頬杖を突いた。

「あの、ジェス先輩……この王手、待って貰えませんかぁ?」

「ロザリア君。世の中は大変厳しいものだ。要求するだけなら赤子でもできる」

ヤレヤレと言いたげに、ジェスは首を横に振る。

「わ、わかりましたよ……今日の部室掃除は、あたしも手伝いますからぁ」

ロザリアが渋々提案すると、ジェスは頷きつつ王手をさした桂馬を元の位置に戻す。

「ジェスさん。ロザリアちゃんをいびるのも程々にしてくださいよ?」

「マナ君、君はこの状況から僕がロザリア君をいびっていると考えているようだが、それはどうしてかな? 理由を二百字、三分以内で簡潔に」

「ジェスさんに将棋で勝てる人なんて、いないでしょう? インターネット上でとはいえ、プロの棋士に勝っているんですから」

 二百字、三分もいらないと言わんばかりの即答に、ロザリアが『えぇー』と悲鳴じみた声をあげた。

「ま、マナ先輩、それって本当ですか?」

「ロザリア君。君はどうしてそれを僕にではなく、マナ君に聞くのかな?」

「フランクさんなら、『お前が信用出来んからだ』って答えるでしょうね」

 その名を聞くと、ジェスはフンと鼻を鳴らす。

「僕は君に答えを求めている……と、マナ君、待ちたまえ。人の話は最後まで聞くのが礼儀だと思うのだが」

「すいません。話はまた後で」

 マナは純白のローブから携帯を取り出し、パックの中の液体を吸い尽くすとゴミ箱にそれを捨て、部室を出た。

「あの、ジェス先輩はこういうふうに壁越しでも、会話が聞こえるんですか?」

「僕は御覧の通り昆虫がベースだから、五感は常人より鋭く設定されている。もっとも、ここの防音設備が大変古い、という事もあるが……マナなら、下からでも僕達の会話が聞けるかもね」

「コウモリですからね、マナ先輩のベース。夜寝る時大変そう」

「で、何故そのような事を僕に聞いたのかね?」

「え? ……いや、マナ先輩が出ていったのは、ジェス先輩に会話を聞かれたくなかったからかな、と思いましてぇ」

「これは、極々普通のマナーだろう。君は、中々失礼だな……。お返しに僕も失礼な事を尋ねるとしよう。そういう君はどうなんだい? つい興奮して人込みの中で戦闘態勢になることはないのかい?」